東広島をふらっと歩いてみませんか。見方を少し変えるだけで、その地域の地理や歴史を物語るものが見えてきます。散策しながら地域を学ぶ「地歴ウォーク」の世界へようこそ。
執筆/広島大学大学院人間社会科学研究科教授 熊原 康博

地域の中心「乃美市」
今回は、豊栄町乃美を歩きます(図1)。乃美地区は、三原へ流れる沼田[ぬた]川の支流椋梨[むくなし]川の最上流にあたります。
乃美は古くからこの地域の中心地で、スタートの乃美地域センターがある集落は、乃美市と呼ばれていました。江戸時代後期の文化10年11月12日(1813年12月4日)には、日本中を測量して地図を作成した伊能忠敬[いのうただたか]が、乃美市の庄屋宅で1泊しています。
乃美地域センターは、元々は乃美小学校でした。ここには、プールなどを利用して、市の保護施設「オオサンショウウオの宿」が併設されています。周辺の川には国の特別天然記念物であるオオサンショウウオが生息しています。この施設では、けがをした個体や、やせた個体を保護しており、センターに事前予約をすれば見学もできます。

またセンター内には、戦国武将の毛利元就[もとなり]の継室[けいしつ](正式な再婚による後妻)とされる「乃美大方[のみのおおかた]」(乃美の出身との言い伝え)の伝承を紹介するコーナーもあります。
センターから北東に向かって歩きます。途中忠敬が歩いた道を横切ります。この道が江戸時代の街道であり、道沿いには大きな門のある古い家も見られます。現在の国道375号線の道は、明治時代以降に新たに作られました。
広島城下への道
地点①の西教寺からは、乃美地区を一望できます。ここでは、高い山地と広い谷底平野、山地と平野の境にある丘陵を見ることができます。豊栄町には、瀬戸内海へ流れる太田川水系や沼田川水系、日本海へ流れる江の川水系の源流があり、地形的にみて広島県の中心といえる地域です。

江戸時代の街道に沿って歩きます。地点②には、左ひろしま、右よしだと刻まれた道標があります。ここが広島と吉田(安芸高田市の中心地)への道が分かれる地点です。忠敬は広島から歩いてきてここを通過したのでしょう。

この分岐は丁字路で、東から歩くと、吉田への道はまっすぐつながりますが、広島に行くには直角に左に曲がる必要があります。このことから世羅[せら]や吉舎[きさ]などの東部の地域と吉田をつなぐ道が先にあり、後に広島への道が接続したことを示すものと思います。つまり、元就の居城、郡山城[こおりやま]があった吉田への道が先にあり、近世に入り広島城下への街道が付けられたのではないでしょうか。

文化財息づく丘陵
吉田への道を少し進んだ後、本宮八幡神社(地点③)に向かいます。丘陵にある社殿は、社叢[しゃそう](神社の森)の中にあります。この社叢は、この地域の極相林[きょくそうりん](長期間にわたって植生の変化がなく、その地域の環境に適応した樹種の林)とされ、広島県天然記念物に指定されています。中に進むと、檜[ひのき]の皮で葺[ふ]いた檜皮葺[ひわだぶき]と朱色の木材で建てられた鮮やかな拝殿が見えてきます。この拝殿は、1701(元禄14)年建立の古い社殿であり、東広島市重要文化財になっています。

社殿近くには、2001(平成13)年に発生した芸予地震の災害修復記念の石碑があります。この地震は広島県と愛媛県の県境付近の安芸灘の深さ50㌔㍍で発生した深い地震で、豊栄町を含む広い範囲で震度5強を観測しました。神社では強い揺れにより、玉垣[たまがき]、手水鉢[ちょうずばち]の倒壊、建物の瓦の崩落などの被害がでました。

神社脇の野道を進むと、道に獣害対策の高い柵があります。鉄の棒や鉄線などで固定している部分を外すと、柵の一部を開けて越えることができます。柵を越えたら再び固定してください。
道路の脇に、東広島市史跡の宮ヶ迫[みやがさこ]古墳(地点④)があります。この古墳は直径約14㍍の円墳で、横穴式の石室を実際に見ることができます。調査により、管玉[くだたま]・切子玉[きりこだま]などの装飾品、須恵器[すえき]や土師器[はじき]などの副葬品が発見され、この古墳が6世紀後半に造られたと推定されています。


扇状地にある牧場
山裾の道を進みます。戦後からはじまった酪農の牧場であるトムミルクファーム(地点⑤)があります。ここでは、牧場でとれた牛乳を使ったジェラートやランチも楽しむことができ、馬・ヤギ・ウサギなどを見ることもできます。

農場や牧草地があるこの場所は、山麓から続く扇状地の中央部(扇央[せんおう])にあたります。扇央はなだらかな傾斜を持ち、水はけのよい土地で牧草地に適しています。
〈参考文献〉熊原康博・岩佐佳哉編(2023)『東広島地歴ウォーク』
乃美地域センター・乃美別府住民自治協議会(2019)『乃美大方の遺産ー毛利元就・庶子の系譜ー』

















