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【高校野球広島大会】竹原高が35年ぶりベスト16 百戦錬磨の迫田監督の下、躍進

  • 2022/07/25
  • 2022/07/25

 県内最高齢の83歳の名将、迫田穆成監督が率いる県立竹原高(竹原市)が全国高校野球選手権広島大会で、3勝をあげ、35年ぶりとなるベスト16に進出した。

崇徳戦で先制のタイムリーを放った原田選手

 竹原高は、初戦で千代田高をコールドで下すと波に乗った。2回戦では、廿日市高、3回戦では五日市高に競り勝った。2、3回戦とも先制し追いつかれるという試合展開だったが、終盤に突き放す粘り強さで白星を手繰り寄せた。

 そして迎えた4回戦は春季県大会準優勝校でシード校の崇徳高と対戦。1年生の原田迅(東広島市・安芸津中出身)の適時打などで、3回までに2点を先制する理想的な展開に持ち込んだ。

 しかし、竹原高は守備陣の乱れが大きく響き、崇徳高に逆転を許すと、打線も2番手で登板した崇徳高のエースを打ちあぐね、2-5で惜敗。37年ぶりとなるベスト8進出を逃した。それでも、スタンドに詰めかけた竹原市民からは、ナインをたたえる拍手がやまなかった。

崇徳には敗れたが、4回戦進出を果たした竹原高ナイン

左腕エースの新納(安芸津中出)が原動力

 4回戦進出の大きな原動力になったのは、左腕エースで主将の3年生、新納涼介(東広島市・安芸津中出身)だ。130キロ台の直球に、切れのあるスライダーやカーブを織り交ぜた、攻めの投球で4試合を一人で投げ抜いた。「3勝することができて、悔いはないです」と胸を張った。

 実は新納は、中2でいったん野球を辞め、硬式を握ったのも高1の秋から。一度は、野球への情熱が失せていたが、中学時代の先輩からの熱心な誘いで、もう一度野球に打ち込むことを決めた。広島商と如水館監督時代に、計14度の甲子園出場経験を持つ迫田監督は、新納の素質を見抜きエースに抜てき。新納は、百戦錬磨の迫田監督から、さまざまなことを学び大きく成長していった。

 ランナーを出したときの投球術、苦手にしていた左打者への対処法。新納は、迫田監督の教えを一つ一つ、クリアしていった。新納は「監督さんの言うことは、何でも当たってその通りになった。監督さんの野球の引き出しの多さには、びっくりした」と振り返った後で、「高校野球は終わったけれど、まだまだ野球は続けたい。僕に野球の面白さを教えていただいた監督さんには《ありがとう》の言葉しかない」と迫田監督への感謝を口にした。

4試合を一人で投げ抜いた新納投手

 躍進の背景に、迫田監督の選手掌握術があるのも見逃せない。2019年に竹原高の指揮を執るようになった迫田監督と、選手の年齢差は5倍以上。迫田監督は、その年齢のギャップを埋めるために、選手一人ひとりとLINEでコミュニケーションを取った。

 「なんせ、選手の祖父母以上の年齢ですからね(笑)。今の子どもに合わせよう思うたら、LINEが良いのかなと」と迫田監督。迫田監督の《頭のアップデート》は、選手には好評だった。前述の新納は「グラウンドでは話せないことも、1対1のLINEだと、技術的なことも、気持ち的なことも何でも書き込める。監督さんも本音で返してくれるので、ありがたかった」と目を細める。

崇徳戦に敗れ、グラウンドに一礼する83歳の迫田監督

 今春までは、選手は9人と小所帯だったが、1年生16人が入部し、選手間で競い合えるまでになった。来春には「迫田監督の下で野球をやりたい」と20人の中学3生生が入部予定だ。迫田監督は「崇徳戦の敗戦は守備力の差。フォーメーションなどの守備の戦術は、ある程度人数が揃わないと、鍛えることができませんから。1年後が楽しみ」と言い切る。

 竹原高の夏の県大会の最高成績は1974年の準優勝。半世紀前の成績を超えることができるのか。「やっぱり野球は勝たないと面白くない。崇徳戦は、ひっくり返すことができなくて、悔しくてね。まだまだ野球人生は続きますよ」と迫田監督。竹原高を率いての甲子園出場。83歳の挑戦は続く。

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